錨は上がる、帆も張れる

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2024年8月15日
家庭裁判所から審判があり、
名が、奥田容子に変わりました

そうしたらスイッチが入ったように
食器を作りたい、作れる、作る、そして売る!となりました

理由は100ほどある 
オーケストラのように
なにか一つが欠けていると鳴り出さない
作れなかった理由も100ほどある
時間が、必要でした 

食器を作れなかった間
いろんな食品や雑貨を売って、何とか屋号を保っていました
それに伴走してくれるお客さんがいました
だれも食器を作れ、なんて言いません
昆布を売ったら昆布を買ってくれる
かき氷を掻いたら食べに来てくれる

このままでもいいのかな~、と思ったこともありました
でも
昆布には昆布の大変な理由があり(礼文島の 5Rstoreさんで知る)
かき氷にもかき氷の大変な事情があり(若狭の善司郎食堂部さんで知る)
何事も「代替できるようなものではない」ということを知りました

今思えば日々をしのぐために、
傲慢な物言いをたくさんしてきました
「今思えば」
この言葉ばかりです

答え合わせには何年も、何十年もかかります

ーー

2020年に小さな窯を買い、自宅とは別にアトリエを持ち、ヨナタンストアと名乗りました
あれは、朝の連続ドラマ「スカーレット」をみていた時期
たとえ家族を失っても、情熱の火を絶やさない喜美子の姿を見て
重い錨を上げる気になりました

2024年、ろくろをひき、毎日絵筆を握る気持ちになれたのは
朝の連続ドラマ「虎に翼」をみているからです
私の居場所から、この広い海をまだまだ見てみたい 
あなたと旅に出たい、と帆を張る気持ちになりました

テレビドラマ ー 誰かの作った物語によって
私もまた、再び物語を紡ぐ気持ちになりました
ヨナタン・トロッツは劇の物語を作る係なのです

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